<< ココ七日ほど、 そして、今、ココんちで唯一の女の子 >>
まもなく、初七日
日曜日になりました。
一週間前、日曜日から月曜日になってまもなく、いねすは突然、背中を向けた私のそばから生まれて初めてひとりぽっちで旅に出てしまいました。

今、ココんちに残る、いねすが置いていったもの。
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いねすの最期の一週間直前まで毎日2個たいらげていた肉&野菜ムース缶詰と液体ビタミン。
いねすの具合が悪くなってから飲ませていたマーロックスのような液体お薬。
いねすが旅立つ前日に処方された吐き気止めと抗生物質の錠剤。
いねすが最期まで大好きだったブラシ。
いねすが使っていたご飯容器。
いねすがずっと大好きだった折りたたみ簡易ベッドになるソファ。
いねすが不治だと知らされてすぐに買った赤ん坊のおしめ交換のための防水マットレス・・・・

あれから七回の夜を迎えては明けるの繰り返しで今に至りますが、いねすだけがいません。お願いした遺灰も未だココんちに戻ってきていません。

こうしてこんぴーたに真向かいになっていると、つい、今までの習慣でおりたたみ椅子に目が泳ぎ、「いねす、いねす」と声をかけてしまうことがあります。今になって振り返ると、いねすの最期の動きがとても奇妙でありました。この椅子の背もたれの上にいねすが昇り、しばらく棚の上に置いてある段ボール箱を数分凝視していたことがありました。旅に出る二日くらい前だったかなあ。2月に病気になってしばらく段差さえ厳しかったいねすがこの春になってぴょんぴょんと段差を上手に生かして、こんぴーた部屋の一番高い所に置きっぱなしの段ボール箱で長い時間過ごすようになりました。最後の一週間で呼吸もおかしくなったいねすが恋しく思ったのは上空の段ボール箱での休息だったのかもしれません。あのきちんとお座りして、顎から身体のラインをまっすぐ伸ばしてお顔を上空に美しく向けていた小さないねす。

そして、そして、本当に最期の日。ですから、一週間前の7月13日。
今でも不可解に思っていることですが、いねすはこの日、朝と午後の二回、バタアを混ぜたA/Dムースをかなりの量、食べました。それまで死を感じ取った猫がご飯を拒絶すると見聞していたので、いねすがかなり元気よくご飯を食べたことは私にとって希望になりました。
13日の午後7時、いえ、8時頃と記憶していますが、いねすが発作的に立ち上がり、どういう理由か、部屋の片隅に置いてあった開封済みのA/D缶を納めたタッパーの前にしばらくぼーっと立っていたので、私が「いねす、ご飯を食べたいの?」とタッパーの蓋を開けたら、少しだけ中を見て、横を向いてしまったので、私はタッパーの蓋を閉めました。

午後9時になってまもなくいねすの口から血がこぼれるようになり、すぐにクリニックでの救急診察をお願いし、帰宅したのは午後11時近くでしたが、いねすはキャリーケースから自分で出て、水飲み場に行き、口腔内から血の塊を吐き出して、自分でキャリーケースに戻り、ぐったり横になりました。それからしばらくして、またキャリーケースから出、ふらふらと歩いて猫トイレに入り、用を何も足さずに砂の上でぐったり横になったままになりました。これは流石に衛生的によろしくありませんから、いねすを抱き上げて、介護シーツを敷いた赤ん坊おしめ換えマットレスにいねすを横たえました。それから小一時間後、いねすが旅立ちました。

なんだったのでしょうねぇ。
あんなに弱っていたのに、自分で歩いてご飯の前やら水飲み場、猫トイレといねすの生活に欠かせないポイントすべての前に立ち尽くした最期の日のいねす。7日過ぎても、いねすの最期の日の行動を思い出しては理解に至らないままでいます。

良くも悪くもまだ引き摺ってしまっていますね。
今年の2月7日以降、いねすがひとりで食事し、日中過ごした個室は、いねすが旅立った日から再び一般開放され、ココんちの猫たちが思い思いの場所でくつろぐようになりました。みんな、いねすがいないこと、わかっているのかしら?
ココんちのヒト♂♀は毎晩、家族が揃うと「見えないけれど、いねすもココに一緒だね」と確認して就寝しています。

Inès me manque.
いねす・む・まんく。
いねすが恋しいです。

が、日一日といねすと再会できる日が近づいているのです。
その日まで日々、善く生きていきます。


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le 20 juillet 2014, Aurèle
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by macocotte | 2014-07-20 16:22 | いねすネネネネねねねのね | Comments(2)
Commented by kaocin at 2014-07-23 21:57 x
岩合光昭さんは、人間がよく猫に学ぶと言うが、それは違うのでは、と言っておられますが、私は、同じ哺乳類として、良くも悪くもめんどうくさい社会で生きる人間が少し自分を見直すのに、身近にいる猫はすぐれた先生だと思っています。
今回、いねすさんを拝見して、生きることのひとつの形を感じました。
いねすさんも、もん・ここさん、ま・ここっとさんもお辛かったと思いますが、それも生の最期のありようだったかと。
だからといって、私自身がそれを受け入れる自信はまだまだないのですが・・・
Commented by macocotte at 2014-07-23 23:18
☆ kaocin さま、ありがとうございます。
いねすの最後の日を振り返ると、ご飯を二度きちんと食べたことで、
いねす自身に死の予感がなかったのではないかと拝察している
この頃です。
というのも、夜9時過ぎに突然、腫瘍が破裂したような感じだったからです。
いねすについては、ここ数日、「ほんと、よくがんばりました」とばかり
繰り返し口から言葉になって出ています。
近い将来の私が死を前にしていねすのようにがんばれるかしら?と
そのたびに考えてはいますが、私にはいねすほどの勇気もがんばりも
ありません。それでも、いねすと出会え、いねすの一生に寄り添ったことで
私は少し小心者、臆病から抜けられたようにも感じています。

ヒトとネコ、外見は違いますが、結局、霊魂同士の付き合いだと
私は思いますよ。
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