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カテゴリ:いねすネネネネねねねのね( 90 )
いねす三回忌。あれから2年、されど2年。
こんにちでココんちのほぼ黒猫いねすが最期の旅に出てから丸二年となりました。
正確には仏蘭西時間(日本時間から引くことの7時間)で13日から14日に変わる時にいねすが旅立って行ったのですが、ココではちょっと、数時間早目のエントリィ。
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いねすがいなくなってからこの写真を思い出すことが多くなりました。
アルバムをひっくり返してみたら2009年8月21日に撮った写真です。


いねすが一番美猫だった時代になりますでしょうか。
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ぢっと何かを見つめているのか、物思いに耽っているのか、陽光の下だと私のような素人でも黒猫を少しは美しく写真に撮れるようですね。

きっと今のいねすは永遠に広がる緑の草原でこうしてザ・ベストな美黒猫でいるのかもしれません。
この2年の間に、いねすの親友レアがいねすのそばに行きました。
正直、いねすが旅立った時、「私にはまだレアがいる。レアと私、オンナふたりでがんばろう」という強い気持を持つことで私自身を支えて来たのかもしれません。だから、今年5月27日にレアが旅立って以降、ココんちに私だけオンナぽつーんとひとりになり、どうにもそのムナしい気持から抜け出せないまま今日に至ってしまっています。ココんちに残る4男子猫はレアが発症した直後から妙に私に優しくなりました。でも、いねす、レアという女子仲間の完全な代理にはなりきれていません(当然ですよね)。

そして、この世においては偶然で、あの世においては必然なのかもしれませんが、きょう13日にココんところ排尿障害で苦しんでいるねすとおるへの抗生物質投薬が終わります。抗生物質投与を延長したことでかなりねっちんの排尿は改善されていますが、投薬完了後の明日から様子見です。これで再発したら、ご飯を排尿障害猫用のカリカリに変更するだろうと獣医さんから既にお話をもらってはいるのですが・・・どうかねっちんの病気が良くなりますように。

・・・・と、いねすがいなくなってたった2年だけれど、レアの他界やねっちんの病気などありました。
あらためて、ああ、私たちはこの世で生きている、日々を過ごしているのだと実感しています。


いねす、ありがとう。
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le 13 juillet 2016, Henri
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by macocotte | 2016-07-13 15:37 | いねすネネネネねねねのね | Comments(2)
一周忌
ほぼ黒猫いねす筆子さんが猫生最期のひとり旅に出て、丸一年が経ちました。

先週から、去年の今頃のいねすを思い出してはうつむいたり、元気をもらったりといろいろ。そして、昨日7月13日の夜9時頃になり、そわそわ。ああ、吐血したっけ。獣医さんの救急に連れて行ったっけ。確かサッカーのワールドカップの試合中だったけれど、それどころぢゃなかったっけ、などなどなど。そして、安楽死を断り、ココんちに連れ帰ったら、いねすはごはんの前でしばらくぢぃっと、まるで挨拶するかのように向き合い、それから次にいつも使っていた猫砂に自ら歩いて入り、よろっと砂の上で横になっていました。この一年、いねすが吐血した瞬間、息を引き取った瞬間より、この様子を思い出すことが多かったです。身勝手かもしれませんが、いねすが最期まで生きることをあきらめていなかったように思えてならないからです。自分の思うようにならないことがあっても、いねすの最期の様子を思い出すと勇気やら根気やら力がいねすから届けられたようで、「もう少しがんばってみよう。やってみよう」という気持になれるから不思議です。

そして、いねすを見送ったことで、いろいろ反省し、今の、毎日のココんちの犬猫との関わりに役立てています。中でも、高齢になったぷぅとレアたんを若いもんとは別室でごはんを食べさせるようにしたことは良かったように思えます。そうする直前、レアが心なしかかつてのいねすのように痩せてきたように思え、若いちぐろとピヲから先ず離しました。そうしたことで、レアの痩せが止まり、5kg前後を維持しているように思います。最高齢のぷぅもレアとだけならゆっくりぷぅのペースでごはんを平らげることができるようになりました。いねすにも早くこうしていれば良かったと後悔するばかりです。最も優しい性格のいねすでしたから・・・。

いねすの遺灰は今もココんちにあります。こんぴーた部屋の棚に、首輪と一緒に置いてあります。
朝晩、いねすに挨拶をしますが、返事の声が聞こえないのがさみしいです。

この一年、いねすがココんちの犬猫をあちらに誘わず、誰もが健康に過ごせたこと、いねすに感謝しています。

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2010年6月3日のいねすさん。いねすらしい一枚です。



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le 14 juillet 2014, Camille de Lellis
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by macocotte | 2015-07-14 23:05 | いねすネネネネねねねのね | Comments(10)
いねすさん、四十九日
今年7月14日の日付になってすぐ、猫生初めての大きな一人旅にいねすさんが出て、こんにちで四十九日となりました。
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↑ 今年7月11日の、いねすさん ↑

今朝は朝一番に、いねすの遺灰近くでゆずの香りのお香をたいて、手を合わせました。
私はいねすが元気な頃から毎週月曜日を「お休みの日」と決めていたので、こうして今日、いねすさんの四十九日が月曜日であること、いねすを思って一日過ごせることが合致し、こんな些細なことでもこの世の始めから意味連関を成しているように思え、感謝しました。

この49日の間、私には「今を生きる」義務がありましたが、日々の中で、ふと、発作的にいねすを思うことが多くありました。特にいねすの最期の8日間、いねすの容態が急激に悪くなったにも関わらず、いねすが毎日を一生懸命過ごしていたこと、とても苦しく痛かったでしょうにいねすが生きることを諦めず、いねすの生への希望を私に最期の最後まで見せてくれたことを突然思い出すことが多かったです。

本当に、いねすには「よく頑張ったで賞」と「感謝状」をさしあげたい。
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↑ 今年7月9日の、いねすさん ↑
7月5日夕方から容態が悪くなったにも関わらず、こうして用を足した後は毛づくろいをしていました。


こうして日々、この世で生きている私には良いことばかりあるわけではありませんけれど、生前のいねすを思うと、へこたれてはなりません。いねすに教えられたことです。いねすに感謝。

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le 1er septembre 2014, Gilles
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by macocotte | 2014-09-01 17:57 | いねすネネネネねねねのね | Comments(2)
いねすがココんちに戻ってきました。
8月8日午前11時手前に。
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おかえりなさい、いねす。

お茶筒のような筒の中にいねすがいます。
ピンク色のハートの形のものは土に埋めると花が咲くことになっているそうです。
証明書には7月18日にいねすを火葬したと書かれていました。
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いねす、本当によく病気と闘いました。
いねす、お疲れさまでした。
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おやすみなさい、いねす。

いねすが大好きだった高い場所のすぐ下の棚に、いねすが病気になるまで愛用していた首輪と共に安置しました。
私もようやく安心できました。

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le 8 août 2014, Dominique
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by macocotte | 2014-08-08 18:29 | いねすネネネネねねねのね | Comments(4)
まもなく、初七日
日曜日になりました。
一週間前、日曜日から月曜日になってまもなく、いねすは突然、背中を向けた私のそばから生まれて初めてひとりぽっちで旅に出てしまいました。

今、ココんちに残る、いねすが置いていったもの。
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いねすの最期の一週間直前まで毎日2個たいらげていた肉&野菜ムース缶詰と液体ビタミン。
いねすの具合が悪くなってから飲ませていたマーロックスのような液体お薬。
いねすが旅立つ前日に処方された吐き気止めと抗生物質の錠剤。
いねすが最期まで大好きだったブラシ。
いねすが使っていたご飯容器。
いねすがずっと大好きだった折りたたみ簡易ベッドになるソファ。
いねすが不治だと知らされてすぐに買った赤ん坊のおしめ交換のための防水マットレス・・・・

あれから七回の夜を迎えては明けるの繰り返しで今に至りますが、いねすだけがいません。お願いした遺灰も未だココんちに戻ってきていません。

こうしてこんぴーたに真向かいになっていると、つい、今までの習慣でおりたたみ椅子に目が泳ぎ、「いねす、いねす」と声をかけてしまうことがあります。今になって振り返ると、いねすの最期の動きがとても奇妙でありました。この椅子の背もたれの上にいねすが昇り、しばらく棚の上に置いてある段ボール箱を数分凝視していたことがありました。旅に出る二日くらい前だったかなあ。2月に病気になってしばらく段差さえ厳しかったいねすがこの春になってぴょんぴょんと段差を上手に生かして、こんぴーた部屋の一番高い所に置きっぱなしの段ボール箱で長い時間過ごすようになりました。最後の一週間で呼吸もおかしくなったいねすが恋しく思ったのは上空の段ボール箱での休息だったのかもしれません。あのきちんとお座りして、顎から身体のラインをまっすぐ伸ばしてお顔を上空に美しく向けていた小さないねす。

そして、そして、本当に最期の日。ですから、一週間前の7月13日。
今でも不可解に思っていることですが、いねすはこの日、朝と午後の二回、バタアを混ぜたA/Dムースをかなりの量、食べました。それまで死を感じ取った猫がご飯を拒絶すると見聞していたので、いねすがかなり元気よくご飯を食べたことは私にとって希望になりました。
13日の午後7時、いえ、8時頃と記憶していますが、いねすが発作的に立ち上がり、どういう理由か、部屋の片隅に置いてあった開封済みのA/D缶を納めたタッパーの前にしばらくぼーっと立っていたので、私が「いねす、ご飯を食べたいの?」とタッパーの蓋を開けたら、少しだけ中を見て、横を向いてしまったので、私はタッパーの蓋を閉めました。

午後9時になってまもなくいねすの口から血がこぼれるようになり、すぐにクリニックでの救急診察をお願いし、帰宅したのは午後11時近くでしたが、いねすはキャリーケースから自分で出て、水飲み場に行き、口腔内から血の塊を吐き出して、自分でキャリーケースに戻り、ぐったり横になりました。それからしばらくして、またキャリーケースから出、ふらふらと歩いて猫トイレに入り、用を何も足さずに砂の上でぐったり横になったままになりました。これは流石に衛生的によろしくありませんから、いねすを抱き上げて、介護シーツを敷いた赤ん坊おしめ換えマットレスにいねすを横たえました。それから小一時間後、いねすが旅立ちました。

なんだったのでしょうねぇ。
あんなに弱っていたのに、自分で歩いてご飯の前やら水飲み場、猫トイレといねすの生活に欠かせないポイントすべての前に立ち尽くした最期の日のいねす。7日過ぎても、いねすの最期の日の行動を思い出しては理解に至らないままでいます。

良くも悪くもまだ引き摺ってしまっていますね。
今年の2月7日以降、いねすがひとりで食事し、日中過ごした個室は、いねすが旅立った日から再び一般開放され、ココんちの猫たちが思い思いの場所でくつろぐようになりました。みんな、いねすがいないこと、わかっているのかしら?
ココんちのヒト♂♀は毎晩、家族が揃うと「見えないけれど、いねすもココに一緒だね」と確認して就寝しています。

Inès me manque.
いねす・む・まんく。
いねすが恋しいです。

が、日一日といねすと再会できる日が近づいているのです。
その日まで日々、善く生きていきます。


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le 20 juillet 2014, Aurèle
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by macocotte | 2014-07-20 16:22 | いねすネネネネねねねのね | Comments(2)
いねす、恋しや、ほーやれほ。
昨夕16時半、日曜夜22時過ぎに救急でいねすを診察してくださった獣医さんとクリニック前で待ち合わせし、いねすの遺体を荼毘に付すため預けてきました。
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いつもの、数時間前にもお世話になった診察台の上に横たわるいねすさん。
本当に最後のお別れになりました。
最近の仏蘭西において日本國の習慣と大きく異なることは、土葬ではなく荼毘に付すことを選択した場合、獣医さんにその旨を話すと、先ず獣医さんが動物の遺体を預かり、専門業者に委任するシステムが浸透しつつあり、私共も一家から初めての帰天者を出したことでそのシステムにあずかることになりました。そんなこともよくわからないまま、昨日はいねすの遺体を一刻も早くナンとかしなければならないと革命記念日の祝祭日であるにもかかわらず、午後になってやっと獣医さんに電話相談することを思いついた次第。聡明ないねすと異なり、まこと、蛍光灯脳みそ夫婦のココんちの♂♀であります。祝祭日の午後に獣医さんから同日午後4時半に待ち合わせと提案されたことだけでも日頃の仏蘭西びとの性格を知る者には奇跡に思えました。

時間ごとにいねすの遺体のお顔周りだけでも少しずつ変化しているように思えたので、獣医さんからクリニックで荼毘に付すのではなく、業者委任の形でおそらく引き取りは明日、遺灰が戻ってくるのは15日ほど後であり、きょうはいねすを涼しい場所に安置するだけだと説明され、いねすを置いて、その場を離れてからどういうわけか先ずは安堵、ほっとした気持になりました。が、数分後、帰宅して、昨日まで生きていたいねすが暗い安置場所(おそらく冷蔵庫の中)に閉じ込められているのかと思うと胸が苦しくなりました。私のそんな様子を察するとココんちの仏蘭西びと♂が必ず「いねすの魂が抜けた身体だけがそこにいるのだから」と慰める繰り返しの日曜午後となりました。

いねすのことで今年の革命記念日も、ワールドカップ決勝も、革命記念日夜の花火も私共にとってなんら興味のないものに化けてしまいました。

いねすの遺体さえココんちからいなくなって、一夜明けた15日。
いねすの病室(=まい・こんぴーた部屋)には、昨日一日いねすのために焚いた白梅の薫りのお香の残り香だけとなりました。朝先ず目が覚めて、頭上にねっちん、右肩にちぐろ、胸の上にレア、左の腕そばに粒ピヲ、足元にぷぅたんを感じ取りながらも私はいねすを思い出しました。おとといまで同じように元気な猫たちに起床を脅迫されても、私は先ずこんぴーた部屋に行き、いねすに挨拶。雨戸を開けて空気を入れ替えながら、ご飯をせがむいねすにムースを出しました。いねすがあまりに私の手に絡むので上手にムースを器に出せず困ることばかりでした。
加えて、15日の朝、目が覚めて未だどこかウトウトしている時、遠くから猫の誰かがトイレで用を足し終えて、砂をかいている音が聞こえて来ました。いねすのクセを思い出しました。それはいねすがどういう理由だか、トイレで大きい方をし終えると、砂ではなく、猫トイレのカバーを数分に渡って引っかくクセです。独特の音が家の中に響き渡りますが、誰もが「ああ、いねすが大きい方をしたんだね」と気づき、ほぼ同時にアノ臭いが私たちの鼻に届くこともありました。最後の一週間、いねすが上手にトイレに出入りできなくなったことで、猫トイレのカバーを取り外してしまい、恒例の引っかき音を聞けなくなってしまいましたが、今は本当に二度と聞けなくなってしまいました。

昨日、いねすが未だココんちに横たわっている時から、いねすの身辺整理など行ない、いねすのご飯、お薬、介護用品を見てはつらく思ってしまいましたが、いねすの遺体さえココんちからいなくなったきょうの朝になって今年2月にいねすの病気がわかるまでいねすが身につけていた首輪を見てしまいました。
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どうも私の目頭の働きと涙の分量が不具合を起こしたようで、目頭がイタ痒くなりながら、涙が噴き出てしまいました。いねすの首輪だけがココんちに残りました。

ペットロスという言葉をしばしば見聞しますが、ぢわぢわぁと数日かけて大きく重くなるものなのかもしれませんね。

今朝はいねすの2002年からの写真記録もおさらいしていますが、写真撮りの難しい黒猫だけにいねすの写真は他猫に比べ数少ない・・・むしろ、今年2月以降の病床写真ばかり大変な量です。ヒトというか愚かな私を実感し、情けなくなっています。

いねすが恋しくてなりません。


それでも、どこかこのままぢゃいけないと言い聞かせる自分がいて、今朝はくだらないことですが、WiiFitの家族からいねすを省き、これまで数制限で登録できなかった粒ピヲを登録しました。ピヲは今、この世で生きているココんちの家族ですものね。うん。


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le 15 juillet 2014, Bonaventure
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by macocotte | 2014-07-15 17:21 | いねすネネネネねねねのね | Comments(6)
いねすが旅立ちました。 Inès nous a quittés ce matin.
2014年7月14日午前0時10分頃、内弁慶のいねすがひとりぽっちで大きな旅に出ました。
ココんち共同体から初めての帰天者が、ほぼ黒猫 いねす筆子となりました。
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きょうはいねすが本当に具合が悪くなるまでお気に入りだった場所にいねすはいます。

いねすが7月5日午後遅く嘔吐して以降、かなり具合が悪い状態ではありましたが、昨日13日はバタアを混ぜたA/Dムースを朝、午後の二回、食べてくれました。具合が悪くなった先週にセカンド、サアドオピニオンも試し、安楽死をいきなり初対面の医師から告げられたり、数週間、一か月で他界するだろうと余命宣告もされました。

いねすは昨晩9時20分頃、口から血をこぼすようになりました。すぐにいつもお世話になっている獣医さんに電話をし、クリニックでの待ち合わせが午後10時15分。いねすにとって最期の外出となりました。
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診察の間、どんどん血の量が増え、出どころは肺でも内臓でもなく、口腔内右下顎奥の腫瘍箇所からでした。体重が2.850g、体温が37度台で、先生から安楽死を勧められましたが、ここでも私は断って帰宅しました。
帰宅直後、キャリーバッグを開けると、ぐったりしていたいねすが自力で歩いて水飲み場に移動し、水桶の中に(おそらく腫瘍だと思いますが)血の塊をひとつ落として、再び自分でキャリーバッグに戻って横になりました。先週後半からいねすの呼吸が特有でしたが、なぜかお医者さんの前でいねすはその呼吸をしません。昨日は帰宅後、再び、荒い呼吸を続け、もう一度自分で動いて水桶に血の塊をひとつ落とし、続いてどういう理由かトイレに向かい、砂の上で横になってしまいました。数分そうしていたので、いねすを介護シーツの上に移動。更に床では硬いので、赤ちゃんのオシメ換えマットレスの上に介護シーツごといねすを乗せました。深夜になったので私はいねすの横で仮眠。眠気がさしてきたので、いねすに背を向けるような形に寝返りを打って数分後、突然、変な音がし、振り返るといねすが飛び上がり、身体二度ほど変によじらせて、頭だけマットレスから飛び出る形でぐったりしてしまいました。

何が何だかわからず、朝7時を過ぎて冷たくなり、動かないいねすを確認。
この一か月近く、ココんちのほかの猫、犬からいねすを完全隔離していましたが、今朝は猫たちに最期の挨拶をさせました。
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いねすの闘病生活は今年2月7日から数えて159日でピリオドを打ちました。
本当によくがんばりました、いねすさん。

いねすさん、私の至らない数々のこと、ゆるしてください。



それにしても、7月14日の日付に変わってまもなくいねすが帰天しました。
仏蘭西では革命記念日の祝祭日です。
これから毎年7月14日の革命記念日を迎えるたびにいねすのひとりぽっちの旅立ちを想起することになりました。

A Dieu, ma petite Inès chèrie.

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le 14 juillet 2014, Angeline
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by macocotte | 2014-07-14 17:04 | いねすネネネネねねねのね | Comments(2)
ファアスト、セカンド、サアド
野球のポジションではなく、いねすさんのためのオピニオン収集で昨日、地元で猫治療に強そうな獣医さん2軒、訪ねました。
一軒目の獣医さんは事前に見たホームページに安楽死についてかなり強く肯定していたので覚悟していましたが、いねすを見るなり安楽死を勧めてきました。それだけ。私共が安楽死に応じないなら「すぐココから出てください」と強くおっしゃったので、おっしゃるとおり、すぐに飛び出て来ました。
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↑ すぐに飛び出てしまった獣医さんち ↑

構えはステキな獣医さんちでありましたが、ご夫妻で運営の獣医さん。熊のように大きなご夫君がいねすの口腔内を見るなり「癌だ!」とおっしゃるので、私が「腫瘍と聞いていますが」と言えば、「癌も腫瘍も同じだ」「残りの命はもって3週間」と立て続けにおっしゃり、続けて「安楽死を今選ばないならすぐココから出てください」と大きな声で。ちょっと怖かったです。

その足でもう一軒の獣医さんを訪問しました。
単にその獣医さんでは豊富な種類の犬猫ごはんを販売していることを知っていたので、先の日曜からムースも気まぐれに舐める程度になってしまったいねすにスープまたはヂュレがあればと訪ねたのです。結果は無し。ああ、ココはお仏蘭西。日本のような充実な品揃えではありませんでした。ヒルズの病気犬猫用のムース缶詰とピペットを飼い、翌朝(きょうの朝になります)の受診予約を入れて帰宅しました。その時、受付の助手さんからいねすには常温の水で溶かしたムースをピペットで与えるよう教えていただきましたが、帰宅していねすの目の前で缶を開けたところ、いねすが積極的にごはんを舐め始めたので、私はヴぃっくり。ココ数日、いつもの器にムースを入れても無視し続けていたいねすが前足を立てた座り方で器に向かってがっつがつと食べ始めました。小さな奇跡のように思えました。156gのうち三分の一弱、いねすが食べてくれたように思います。

そんなことも案の定、つかの間の喜びで、翌朝(つまり、きょうの朝)のいねすはいつもどおり拒否しながら、気まぐれにスプーンに乗った少量のムースを舐めるだけになりました。

そんなこんなで今日の朝、9時45分。ザ・サアド・オピニオン訪問です。
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昨日、遅らばせながらセカンドオピニオンなるものを考えてココんちあたりで猫に強い獣医さんを探した時に見つけた病院でもあります。担当は若い女医さんで、流石に昨日の熊のような先生とは異なり、安楽死を強く勧めては来ませんでした。右下顎の腫瘍と、それによる転移についての見解はむなしくも同じでしたが、ご飯の指導に加え、吐き気を抑えるシロップ薬と抗生物質の錠剤を処方してくださいました。同時に体重については2.96kg(先の水曜日より60g増)、体温は37.4℃(水曜日は40℃)とわかりました。

帰宅後、いねすとの時間をどう過ごそうかと考え、いねすの寝床のそばに私の仮眠場所をつくりました。同時にいねすの寝床とトイレ、水飲み場の配置を換えました。
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いねすの寝床はスーパーのベイビーコーナーで見つけたおしめ換えマットレスに(成人用の)介護シーツを乗せたもので、壁側にトイレ(ベッドとトイレの間にも漏らしても大丈夫なように介護シーツ)、正反対側に水飲み場を置いてみました。

ところが、です。
私の仮眠場所をつくって数分後、いねすは私の仮眠場所のど真ん中に移動。
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その後、ずっとそこで眠っています。私の仮眠場所は・・・赤ん坊のおしめ換えマットぢゃ、私には小さすぎます。
困りました・・・・

いねす、どうにかではありますが、私に向かって「わたしは、生きる」とアピールしてくれているようにも思えます。
私が傲慢に陥らないよう、祈らねば。


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le 12 juillet 2014, Jason
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by macocotte | 2014-07-12 22:42 | いねすネネネネねねねのね | Comments(4)
昨日から一夜明け、
いねすさんの具合がまたよろしくなくなってしまいました。
朝からぐったり。
午前中だけでおもらし5回。ペットシーツを取り替えるたびにおもらしです。
ごはんも顔をそむけるばかりで、スプーンにちょっと乗せたご飯を数度ぺろぺろなめるに留まりました。
こりゃ、もう、あかん、と午前11時にいつもの獣医さんに。
先週土曜日午前中にも訪問し、抗生物質のお注射を打っていただいているので、その日の午後遅く嘔吐したこと、嘔吐物の内容、その後、今朝までのいねすの様子をお話しました。診察台の計量器でのいねすの体重は2.9kg。先週土曜日から200gも減ってしまっていました。そして、先生が触診を始めるとあばら骨の下あたりで声を出しました。先生のお話では胃を悪くしており、その原因が顎の腫瘍の転移なのか、単に胃を荒らしているのかわからないとのこと。
なにより熱が40度もあり、これが原因で食欲減退やらトイレ以外でのおもらしが発症したのだろうと。

きょうは胃を治すための液状のおくすり(白くドロっとしている液体で、おそらくヒトが飲むマーロックスのようなものではないかと推察しました)を処方していただき、これを朝晩食前30分前にスポイトで五日間投薬することになりました。解熱のためのお注射も一本打ちました。

お昼手前に帰宅し、いねすはキャリーバッグから飛び出すなり、お水を延々と飲み続けました。
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熱冷ましのためにこんなにお水を飲むのでしょうか?
猫の本能でしょうけれど、治癒のための判断力はヒトよりはるかに勝るのでは?と水をがぶ飲みするいねすを眺めつつ悟った私であります。お水を飲み終えたいねすはいつもの寝床に戻り、毛づくろいを始めました。手でふんばり、脚をあげての毛づくろい。今朝まではぐったり丸くなったままでしたので、まさか解熱のお注射に1時間足らずで即効力があるとは思えませんけれど、脚をあげたり、肛門やしっぽまで丁寧に毛づくろいするいねすの姿にうれしくなりました。
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しかし、昨日の朝の元気さはいったい何だったのでしょう?今となっては夢のように思えてなりません。

ただ、食欲が失せたり、おもらぴっこを繰り返してしまういねすですが、先週土曜日から私がいねすの名前を呼べば、必ず耳を動かしたり、頭を持ち上げて、ぢっと私を見つめてくれるいねすです。意識朦朧ではないように思えます。

いねすの胃の調子が少しでも良くなりますように。
お熱が早く下がりますように (先の土曜日は平熱でしたので発熱は今週に入って始まったのだと思います)
6月18日に発症した頭や下半身のふらつきが治っていることだけでも感謝せねばなりません。

兎にも角にも、いねすに無理を強いないよう私は気をつけねばなりません。うん。

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le 9 juillet 2014, Hermine
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by macocotte | 2014-07-09 20:43 | いねすネネネネねねねのね | Comments(2)
かみさま、おねがい。
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先週からいねすさんの容態があまりよろしくありません。
土曜日のお昼手前に獣医さんに診ていただき、抗生物質のお注射を一本打ちました。いつも一緒に打つもう一本のお注射については前回の効き目が未だ残っているので今回は打たないとのことでした。その日の午後遅くにいねすさんが嘔吐。午前中に食べたムース缶の中に入っていたお豆さんをそのまま吐き出しました。翌日の日曜日は午後遅くにひと缶をなんとか食べましたが、昨日月曜は何度かムースをぺろぺろ舐めただけでした。先週後半から深夜におもらしを繰り返しています(ただし、日中はお手洗いまで移動しています。行ったところで上手にお砂におぴっこできないこともあります)

火曜日の朝も寝床におもらぴっこ。
ところが、昨日月曜までと違うことはいねすが自ら動いて、声を出して、アプロオチすることでした。でも、ご飯にはまったく近づいてくれません。

そこで、2008年の秋だったか、ピレネエ山脈中腹にあるルルドという巡礼地に行った時に持ち帰った不思議の泉の水をいねすさんの具合の悪そうなところにちゅんちゅんとお水をあててみました。このお水で病気が完治したひとがこの世にたくさんいると聞いているからです。
私が指にルルドの水をつけていねすに触れると同時になぜかいねすさんはのどを鳴らし始めました。いねすの瞼の上、ご飯を食べないのは鼻が悪くなっているのでは?と思いついたので鼻の頭、腫瘍があるという右顎下のあたりと次々お水をあててみました。

お水をあてた証拠に写真を撮ろうといねすにカメラを向けたら、かわいらしい表情を撮ることができました。
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お水のおかげでしょうか。
午前中、数時間かけていねすはムース缶詰をひと缶食べ終えることができました。午後は半分弱食べました。

どうしちゃったのでしょう、いねす。
2月に病気になってから初めて嘔吐したことで先ず驚きましたし、落胆しました。ココんちのもん・ここの意見は抗生物質の副作用で嘔吐したのではないかと。火曜日になって就寝中のおもらぴっこは続くものの、朝一番で動いたり、ま・ここっつぁんのすねに頭突きしたり、まとわりついたりしながら声を出すようになったのは身体のだるさから少しずつ快方しているのかもしれません。ま・ここっつぁんも抗生物質で具合が悪くなるヒトですので、今回のお注射でいねすが具合が悪くなり、胃が荒れた仮説も自分のことのようにわかるし、受け入れられます。

まだまだ暗中模索のうちではありますが、きょうより明日のいねすが少しでも元気になり、食事してくれますように。我慢しなくていいのだよ、いねす。


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le 8 juillet 2014, Priscille
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by macocotte | 2014-07-08 23:29 | いねすネネネネねねねのね | Comments(0)