<   2014年 07月 ( 12 )   > この月の画像一覧
まる二週間
7月27日の午後9時過ぎ、いねすの好きだった場所にレアたんとちぐぅ。
b0051172_4141265.jpg

窓から入ってくる風が気持ちよいのか、レアもちぐろ君もすやすやとよく眠っております。
ああ、丁度2週間前の同じ時間、この黄色いマットレスに横になっていたいねすが急変し、口から血がこぼれ始めたのだっけ・・・と思い出しました。
あれから2週間。発作的にいねすが恋しくなります。家猫ですのに12歳の生涯は短かったように思えてなりません。天命とは言え、同世代のぷぅとレアたんが快食快眠のせいでそう思えるのかもしれません。来週にはいねすの遺灰がココんちに戻ってくるでしょうから、私の心の中に押し寄せるいねすへの恋しい思いも少しは落ち着くことでしょう。

カメラを構えた私の邪魔をしに来た、やんぐなまっ黒猫、粒六ピヲたん。やんちゃざかりでありますよ。
b0051172_425632.jpg

さて、私もそろそろ横になりますか。

le 28 juillet 2014, Samson
[PR]
by macocotte | 2014-07-28 04:26 | La solidalite 連帯ココんち | Comments(0)
相棒
先日、昼下がりに訪ねたコニャック Cognac という町の駐車場で、
b0051172_16443981.jpg

たまたま出くわした軽トラックの助手席にワンちゃん。
窓全開でご主人さまとドライヴ中らしく、駐車場メーターの方に去っていったご主人様を窓際から目で追っていたカレです。犬は孤独を嫌うそうなので、こんな、数分だけ距離を置くことでもワンちゃんはご主人さまがどこに行ってしまうのだろうと不安なのかもしれません。

とかなんとか書いているクセに、この日のココんちのくろヴぃすはココんちのお庭でお留守番でした。ヨソさまの車での移動でしたし、犬が一緒だとレストランは大丈夫でも文化財やら建造物の見学が難しくなってしまいますので。
コニャックという町を初めて訪問しましたが、歴史においてはフランス国王フランソワ一世が生まれた町だそうで、町のソコココにかなり古い建造物が点在していました。今は普通の家屋だけれど、屋根際にガーゴイル(雨どい)。獅子でしょうか?
b0051172_16522886.jpg


そして、所変わればスタイル変わる。
ココんちから約90km南下、隣県にあるコニャックの街中の其処此処彼処に立つ公衆での犬の大きな落し物を片付けるためのビニール袋。
b0051172_165331100.jpg

ココんちあたりは緑色のスタンドですが、コニャックでは赤。


le 26 juillet 2014, Anne et Joachim
[PR]
by macocotte | 2014-07-26 16:56 | 通りすがりのあの方この方 | Comments(0)
その、お座布団
ぷぅたん、その、お座布団
b0051172_219677.jpg

もしかしていねすのニオイがする?
洗ったンだけれどね、いねすがおもらぴっこしちゃったことがあるお座布団なのよ。

いねすのお気に入りの場所。
真夏になった今、午後になると雨戸シャッターをゆるく閉めて、風通しをよくしているので、猫たちもココが好きみたいです。


そよそよの風になでられて、すやすや眠るぷぅたん。
いねすが本当に具合が悪くなる寸前までぷぅたんといねすはいちゃいちゃらヴらヴのカップルでした。12年と3か月、いつも一緒だったいねすとぷぅたん。ココんちの誰よりもぷぅたんが今一番、いねすを恋しく思っているのではないかしら。
b0051172_2243383.jpg

こんな感じで、右のほっぺがふっくらたるんでいるように見えると、どうしてもいねすの最後の病気を思い出してしまいます。

b0051172_175095.gif
le 24 juillet 2014, Christine
[PR]
by macocotte | 2014-07-24 02:28 | ぷぅたんプロプロぷぷろぷぅ | Comments(6)
ココ七日ほど、
お昼間の間、ちぐたんはいつもココにいます。
b0051172_23525024.jpg

七日前までいねすに使っていた台やらマット、タオルの上で、うとうとうと。


b0051172_18545789.gif
le 21 juillet 2014, Victor
[PR]
by macocotte | 2014-07-21 23:56 | ちびチボちぐろ | Comments(0)
まもなく、初七日
日曜日になりました。
一週間前、日曜日から月曜日になってまもなく、いねすは突然、背中を向けた私のそばから生まれて初めてひとりぽっちで旅に出てしまいました。

今、ココんちに残る、いねすが置いていったもの。
b0051172_1684848.jpg

いねすの最期の一週間直前まで毎日2個たいらげていた肉&野菜ムース缶詰と液体ビタミン。
いねすの具合が悪くなってから飲ませていたマーロックスのような液体お薬。
いねすが旅立つ前日に処方された吐き気止めと抗生物質の錠剤。
いねすが最期まで大好きだったブラシ。
いねすが使っていたご飯容器。
いねすがずっと大好きだった折りたたみ簡易ベッドになるソファ。
いねすが不治だと知らされてすぐに買った赤ん坊のおしめ交換のための防水マットレス・・・・

あれから七回の夜を迎えては明けるの繰り返しで今に至りますが、いねすだけがいません。お願いした遺灰も未だココんちに戻ってきていません。

こうしてこんぴーたに真向かいになっていると、つい、今までの習慣でおりたたみ椅子に目が泳ぎ、「いねす、いねす」と声をかけてしまうことがあります。今になって振り返ると、いねすの最期の動きがとても奇妙でありました。この椅子の背もたれの上にいねすが昇り、しばらく棚の上に置いてある段ボール箱を数分凝視していたことがありました。旅に出る二日くらい前だったかなあ。2月に病気になってしばらく段差さえ厳しかったいねすがこの春になってぴょんぴょんと段差を上手に生かして、こんぴーた部屋の一番高い所に置きっぱなしの段ボール箱で長い時間過ごすようになりました。最後の一週間で呼吸もおかしくなったいねすが恋しく思ったのは上空の段ボール箱での休息だったのかもしれません。あのきちんとお座りして、顎から身体のラインをまっすぐ伸ばしてお顔を上空に美しく向けていた小さないねす。

そして、そして、本当に最期の日。ですから、一週間前の7月13日。
今でも不可解に思っていることですが、いねすはこの日、朝と午後の二回、バタアを混ぜたA/Dムースをかなりの量、食べました。それまで死を感じ取った猫がご飯を拒絶すると見聞していたので、いねすがかなり元気よくご飯を食べたことは私にとって希望になりました。
13日の午後7時、いえ、8時頃と記憶していますが、いねすが発作的に立ち上がり、どういう理由か、部屋の片隅に置いてあった開封済みのA/D缶を納めたタッパーの前にしばらくぼーっと立っていたので、私が「いねす、ご飯を食べたいの?」とタッパーの蓋を開けたら、少しだけ中を見て、横を向いてしまったので、私はタッパーの蓋を閉めました。

午後9時になってまもなくいねすの口から血がこぼれるようになり、すぐにクリニックでの救急診察をお願いし、帰宅したのは午後11時近くでしたが、いねすはキャリーケースから自分で出て、水飲み場に行き、口腔内から血の塊を吐き出して、自分でキャリーケースに戻り、ぐったり横になりました。それからしばらくして、またキャリーケースから出、ふらふらと歩いて猫トイレに入り、用を何も足さずに砂の上でぐったり横になったままになりました。これは流石に衛生的によろしくありませんから、いねすを抱き上げて、介護シーツを敷いた赤ん坊おしめ換えマットレスにいねすを横たえました。それから小一時間後、いねすが旅立ちました。

なんだったのでしょうねぇ。
あんなに弱っていたのに、自分で歩いてご飯の前やら水飲み場、猫トイレといねすの生活に欠かせないポイントすべての前に立ち尽くした最期の日のいねす。7日過ぎても、いねすの最期の日の行動を思い出しては理解に至らないままでいます。

良くも悪くもまだ引き摺ってしまっていますね。
今年の2月7日以降、いねすがひとりで食事し、日中過ごした個室は、いねすが旅立った日から再び一般開放され、ココんちの猫たちが思い思いの場所でくつろぐようになりました。みんな、いねすがいないこと、わかっているのかしら?
ココんちのヒト♂♀は毎晩、家族が揃うと「見えないけれど、いねすもココに一緒だね」と確認して就寝しています。

Inès me manque.
いねす・む・まんく。
いねすが恋しいです。

が、日一日といねすと再会できる日が近づいているのです。
その日まで日々、善く生きていきます。


b0051172_16571415.gif
le 20 juillet 2014, Aurèle
[PR]
by macocotte | 2014-07-20 16:22 | いねすネネネネねねねのね | Comments(2)
そして、今、ココんちで唯一の女の子
b0051172_16121287.jpg

15日の夜になって、ココんちの猫たちをいねすの病室(=まい・こんぴーた部屋)に誘いましたら、いつのまにかレアたんが最後のお別れまでいねすが使っていたマットレスとバスタオルの上で熟睡していました。

猫はニオイに敏感なので、レアはいねすを感じ取ったのでしょうか。
私にはいねすがバスタオルをいとおしく抱きしめているように見えてしまいました。
レアにしてみれば2002年8月15日早朝に旧ココんちの敷居をまたいでから(その日は深夜までココんちのヒト♂♀は不在でした)、ぷぅたんといねすに対面し、深夜まで3猫で過ごしました し、その年の年末にはいねすと一緒に避妊手術を受けました。そして、2006年7月終わりには南仏から現ココんちまで800km強のお引越しも経験、新しい住まいでもずっと一緒。レアにとっていねすがいない生活も昨日が第一日目でした。

16日の朝を迎え、横になっている私の周囲にココんちの猫たちが起こしにやって来ました。いねすだけ不在です。6月半ばまで日中、いねすを隔離していても、就寝はココんち全員一緒でしたので、それまで毎朝、いねすも私を起こしに来ました。いねすは聡明なので私が身を起こすと、すぐにいねすの病室の扉前にちょこんと座って、私が扉を開けるのを待っていました。扉をさっと開け、いねすがすばやく入り込み、すぐに扉を閉め、それからはいねすと私の二人だけの時間が就寝時まで続く。その繰り返しがいねすの闘病生活中の「当たり前」でした。

昨晩ふと私が里帰りからココんちに戻ってきたのが今年3月14日で、ぴったり4か月後の7月14日にいねすが帰天してしまったことに気づきました。4か月丁度のいねすと私の日々は天国からの贈り物だったのかもしれません。なんだかそんな気になっています。

今朝、ココんちの仏蘭西びと♂が起こしにやってきた猫たちをあやしながらぽつりと「うちの女の子はレアだけになっちゃったね」と。そう言われるまで私はそんなことも忘れていたことに気づかされました。同時に、いねすがココんちに住むようになって、女子猫の仕草などがたかが猫とは言え男子猫とはまったく違うことに気づかされて感動していた自分を思い出しました。それと同時にいねすの猫生が私の脳内で走馬灯、8ミリ映画のように流れているきょう7月16日です。

レアたんといねすはほんの数か月違いの年齢差で、レアたんは幼い頃から両奥歯など欠落している状態でも健康、健康。今もダイナミックバディの持ち主ですし、かわいいおばあちゃん猫となりました。
b0051172_16291745.jpg

いねすの闘病生活から教えられたことを今ココんちで生きる猫たちに生かし、二度と私が同じ過ちを繰り返さないようにしなければなりません。

いねすの立体的な存在がココんちから失せてしまったこと、まだ割り切れていない私が存在します。今朝のように生前のいねすを次々と思い出しても、今後二度といねすとまったく同じ性格、しぐさの猫に遭うことはありません。いねすも大切、どんな生命も大切なかけがえのない個です。

ココんちでレアと不肖ま・ここっつぁんが女子となりました。もうしばらくは女子二人、仲良く日々を楽しんでいきます。昨晩、レアたんがいとおしんでいた白いバスタオルも今朝、洗濯しました。こぴっとけじめをつけなくちゃね、うん。

b0051172_1653274.gif
le 16 juillet 2014, Carmel
[PR]
by macocotte | 2014-07-16 16:38 | レアたんレアレアれれれのれ | Comments(4)
いねす、恋しや、ほーやれほ。
昨夕16時半、日曜夜22時過ぎに救急でいねすを診察してくださった獣医さんとクリニック前で待ち合わせし、いねすの遺体を荼毘に付すため預けてきました。
b0051172_16542045.jpg

いつもの、数時間前にもお世話になった診察台の上に横たわるいねすさん。
本当に最後のお別れになりました。
最近の仏蘭西において日本國の習慣と大きく異なることは、土葬ではなく荼毘に付すことを選択した場合、獣医さんにその旨を話すと、先ず獣医さんが動物の遺体を預かり、専門業者に委任するシステムが浸透しつつあり、私共も一家から初めての帰天者を出したことでそのシステムにあずかることになりました。そんなこともよくわからないまま、昨日はいねすの遺体を一刻も早くナンとかしなければならないと革命記念日の祝祭日であるにもかかわらず、午後になってやっと獣医さんに電話相談することを思いついた次第。聡明ないねすと異なり、まこと、蛍光灯脳みそ夫婦のココんちの♂♀であります。祝祭日の午後に獣医さんから同日午後4時半に待ち合わせと提案されたことだけでも日頃の仏蘭西びとの性格を知る者には奇跡に思えました。

時間ごとにいねすの遺体のお顔周りだけでも少しずつ変化しているように思えたので、獣医さんからクリニックで荼毘に付すのではなく、業者委任の形でおそらく引き取りは明日、遺灰が戻ってくるのは15日ほど後であり、きょうはいねすを涼しい場所に安置するだけだと説明され、いねすを置いて、その場を離れてからどういうわけか先ずは安堵、ほっとした気持になりました。が、数分後、帰宅して、昨日まで生きていたいねすが暗い安置場所(おそらく冷蔵庫の中)に閉じ込められているのかと思うと胸が苦しくなりました。私のそんな様子を察するとココんちの仏蘭西びと♂が必ず「いねすの魂が抜けた身体だけがそこにいるのだから」と慰める繰り返しの日曜午後となりました。

いねすのことで今年の革命記念日も、ワールドカップ決勝も、革命記念日夜の花火も私共にとってなんら興味のないものに化けてしまいました。

いねすの遺体さえココんちからいなくなって、一夜明けた15日。
いねすの病室(=まい・こんぴーた部屋)には、昨日一日いねすのために焚いた白梅の薫りのお香の残り香だけとなりました。朝先ず目が覚めて、頭上にねっちん、右肩にちぐろ、胸の上にレア、左の腕そばに粒ピヲ、足元にぷぅたんを感じ取りながらも私はいねすを思い出しました。おとといまで同じように元気な猫たちに起床を脅迫されても、私は先ずこんぴーた部屋に行き、いねすに挨拶。雨戸を開けて空気を入れ替えながら、ご飯をせがむいねすにムースを出しました。いねすがあまりに私の手に絡むので上手にムースを器に出せず困ることばかりでした。
加えて、15日の朝、目が覚めて未だどこかウトウトしている時、遠くから猫の誰かがトイレで用を足し終えて、砂をかいている音が聞こえて来ました。いねすのクセを思い出しました。それはいねすがどういう理由だか、トイレで大きい方をし終えると、砂ではなく、猫トイレのカバーを数分に渡って引っかくクセです。独特の音が家の中に響き渡りますが、誰もが「ああ、いねすが大きい方をしたんだね」と気づき、ほぼ同時にアノ臭いが私たちの鼻に届くこともありました。最後の一週間、いねすが上手にトイレに出入りできなくなったことで、猫トイレのカバーを取り外してしまい、恒例の引っかき音を聞けなくなってしまいましたが、今は本当に二度と聞けなくなってしまいました。

昨日、いねすが未だココんちに横たわっている時から、いねすの身辺整理など行ない、いねすのご飯、お薬、介護用品を見てはつらく思ってしまいましたが、いねすの遺体さえココんちからいなくなったきょうの朝になって今年2月にいねすの病気がわかるまでいねすが身につけていた首輪を見てしまいました。
b0051172_1717470.jpg

どうも私の目頭の働きと涙の分量が不具合を起こしたようで、目頭がイタ痒くなりながら、涙が噴き出てしまいました。いねすの首輪だけがココんちに残りました。

ペットロスという言葉をしばしば見聞しますが、ぢわぢわぁと数日かけて大きく重くなるものなのかもしれませんね。

今朝はいねすの2002年からの写真記録もおさらいしていますが、写真撮りの難しい黒猫だけにいねすの写真は他猫に比べ数少ない・・・むしろ、今年2月以降の病床写真ばかり大変な量です。ヒトというか愚かな私を実感し、情けなくなっています。

いねすが恋しくてなりません。


それでも、どこかこのままぢゃいけないと言い聞かせる自分がいて、今朝はくだらないことですが、WiiFitの家族からいねすを省き、これまで数制限で登録できなかった粒ピヲを登録しました。ピヲは今、この世で生きているココんちの家族ですものね。うん。


b0051172_16571415.gif
le 15 juillet 2014, Bonaventure
[PR]
by macocotte | 2014-07-15 17:21 | いねすネネネネねねねのね | Comments(6)
いねすに最後のビズぅ
こんにち2014年7月14日はどこか上の空のまま、時ばかり過ぎておりますが、私が昼食を終え、こんぴーた机の前に座ってまもなく、ドアの向こうからねっちんの鳴き声。いつまでも止まないので扉を開けたら、次から次になんとまあ。
b0051172_22445228.jpg

b0051172_22451741.jpg

b0051172_22455082.jpg

b0051172_22461759.jpg

ちぐろ、ねっちん、れあ、ぷぅたんが次々といねすにビズゥ bisous、=接吻して部屋から出て行きました。

一番のチビっ子である粒ピヲだけは最初に飛び込んできていねすを覗いたものの、その後はもじもじしたまんま。いねすに近づこうとピヲが動くとなぜかねっちんがそのたびにパンチしていました。
b0051172_2248389.jpg

猫は猫なりにわかるのかもしれません。
今朝、私が起床して廊下に出たら、既にぷろすぺえるがこんぴーた部屋の扉の前で「早く開けて」と言わんばかりに構えていました。いつもだったら「ごはん、ごはん」のアピールが先ですのにね。
ぷぅは昨日の午後だったか少しだけいねすに会わせました。永遠の恋人ですもんね。ですが、まさかその夜にいねすが他界してしまうとは・・・

ココんちの猫たちのお夕食はいねすが大好きだった肉&野菜ムースの缶詰にしました。
いねすのためのご飯、お薬、介護用品がたくさん残っており、見ていると、いねすの他界が早すぎたことを実感し、泣けてきます。それでも、肉体の苦しみ、痛みから今のいねすの霊魂は解放されたこと、その事実に私は感謝しなければなりません。

きょうはこれから16時半より昨晩救急でお世話になったクリニックにて霊魂が抜けたいねすの亡骸を荼毘に付すことになりました。
革命記念日の祝祭日ですのにありがたいことです。

b0051172_16571415.gif
le 14 juillet 2014, Angeline
[PR]
by macocotte | 2014-07-14 22:45 | La solidalite 連帯ココんち | Comments(7)
いねすが旅立ちました。 Inès nous a quittés ce matin.
2014年7月14日午前0時10分頃、内弁慶のいねすがひとりぽっちで大きな旅に出ました。
ココんち共同体から初めての帰天者が、ほぼ黒猫 いねす筆子となりました。
b0051172_15552060.jpg

きょうはいねすが本当に具合が悪くなるまでお気に入りだった場所にいねすはいます。

いねすが7月5日午後遅く嘔吐して以降、かなり具合が悪い状態ではありましたが、昨日13日はバタアを混ぜたA/Dムースを朝、午後の二回、食べてくれました。具合が悪くなった先週にセカンド、サアドオピニオンも試し、安楽死をいきなり初対面の医師から告げられたり、数週間、一か月で他界するだろうと余命宣告もされました。

いねすは昨晩9時20分頃、口から血をこぼすようになりました。すぐにいつもお世話になっている獣医さんに電話をし、クリニックでの待ち合わせが午後10時15分。いねすにとって最期の外出となりました。
b0051172_1691020.jpg

診察の間、どんどん血の量が増え、出どころは肺でも内臓でもなく、口腔内右下顎奥の腫瘍箇所からでした。体重が2.850g、体温が37度台で、先生から安楽死を勧められましたが、ここでも私は断って帰宅しました。
帰宅直後、キャリーバッグを開けると、ぐったりしていたいねすが自力で歩いて水飲み場に移動し、水桶の中に(おそらく腫瘍だと思いますが)血の塊をひとつ落として、再び自分でキャリーバッグに戻って横になりました。先週後半からいねすの呼吸が特有でしたが、なぜかお医者さんの前でいねすはその呼吸をしません。昨日は帰宅後、再び、荒い呼吸を続け、もう一度自分で動いて水桶に血の塊をひとつ落とし、続いてどういう理由かトイレに向かい、砂の上で横になってしまいました。数分そうしていたので、いねすを介護シーツの上に移動。更に床では硬いので、赤ちゃんのオシメ換えマットレスの上に介護シーツごといねすを乗せました。深夜になったので私はいねすの横で仮眠。眠気がさしてきたので、いねすに背を向けるような形に寝返りを打って数分後、突然、変な音がし、振り返るといねすが飛び上がり、身体二度ほど変によじらせて、頭だけマットレスから飛び出る形でぐったりしてしまいました。

何が何だかわからず、朝7時を過ぎて冷たくなり、動かないいねすを確認。
この一か月近く、ココんちのほかの猫、犬からいねすを完全隔離していましたが、今朝は猫たちに最期の挨拶をさせました。
b0051172_1731526.jpg

いねすの闘病生活は今年2月7日から数えて159日でピリオドを打ちました。
本当によくがんばりました、いねすさん。

いねすさん、私の至らない数々のこと、ゆるしてください。



それにしても、7月14日の日付に変わってまもなくいねすが帰天しました。
仏蘭西では革命記念日の祝祭日です。
これから毎年7月14日の革命記念日を迎えるたびにいねすのひとりぽっちの旅立ちを想起することになりました。

A Dieu, ma petite Inès chèrie.

b0051172_16571415.gif
le 14 juillet 2014, Angeline
[PR]
by macocotte | 2014-07-14 17:04 | いねすネネネネねねねのね | Comments(2)
ファアスト、セカンド、サアド
野球のポジションではなく、いねすさんのためのオピニオン収集で昨日、地元で猫治療に強そうな獣医さん2軒、訪ねました。
一軒目の獣医さんは事前に見たホームページに安楽死についてかなり強く肯定していたので覚悟していましたが、いねすを見るなり安楽死を勧めてきました。それだけ。私共が安楽死に応じないなら「すぐココから出てください」と強くおっしゃったので、おっしゃるとおり、すぐに飛び出て来ました。
b0051172_22175492.jpg
↑ すぐに飛び出てしまった獣医さんち ↑

構えはステキな獣医さんちでありましたが、ご夫妻で運営の獣医さん。熊のように大きなご夫君がいねすの口腔内を見るなり「癌だ!」とおっしゃるので、私が「腫瘍と聞いていますが」と言えば、「癌も腫瘍も同じだ」「残りの命はもって3週間」と立て続けにおっしゃり、続けて「安楽死を今選ばないならすぐココから出てください」と大きな声で。ちょっと怖かったです。

その足でもう一軒の獣医さんを訪問しました。
単にその獣医さんでは豊富な種類の犬猫ごはんを販売していることを知っていたので、先の日曜からムースも気まぐれに舐める程度になってしまったいねすにスープまたはヂュレがあればと訪ねたのです。結果は無し。ああ、ココはお仏蘭西。日本のような充実な品揃えではありませんでした。ヒルズの病気犬猫用のムース缶詰とピペットを飼い、翌朝(きょうの朝になります)の受診予約を入れて帰宅しました。その時、受付の助手さんからいねすには常温の水で溶かしたムースをピペットで与えるよう教えていただきましたが、帰宅していねすの目の前で缶を開けたところ、いねすが積極的にごはんを舐め始めたので、私はヴぃっくり。ココ数日、いつもの器にムースを入れても無視し続けていたいねすが前足を立てた座り方で器に向かってがっつがつと食べ始めました。小さな奇跡のように思えました。156gのうち三分の一弱、いねすが食べてくれたように思います。

そんなことも案の定、つかの間の喜びで、翌朝(つまり、きょうの朝)のいねすはいつもどおり拒否しながら、気まぐれにスプーンに乗った少量のムースを舐めるだけになりました。

そんなこんなで今日の朝、9時45分。ザ・サアド・オピニオン訪問です。
b0051172_223165.jpg

昨日、遅らばせながらセカンドオピニオンなるものを考えてココんちあたりで猫に強い獣医さんを探した時に見つけた病院でもあります。担当は若い女医さんで、流石に昨日の熊のような先生とは異なり、安楽死を強く勧めては来ませんでした。右下顎の腫瘍と、それによる転移についての見解はむなしくも同じでしたが、ご飯の指導に加え、吐き気を抑えるシロップ薬と抗生物質の錠剤を処方してくださいました。同時に体重については2.96kg(先の水曜日より60g増)、体温は37.4℃(水曜日は40℃)とわかりました。

帰宅後、いねすとの時間をどう過ごそうかと考え、いねすの寝床のそばに私の仮眠場所をつくりました。同時にいねすの寝床とトイレ、水飲み場の配置を換えました。
b0051172_22383361.jpg

いねすの寝床はスーパーのベイビーコーナーで見つけたおしめ換えマットレスに(成人用の)介護シーツを乗せたもので、壁側にトイレ(ベッドとトイレの間にも漏らしても大丈夫なように介護シーツ)、正反対側に水飲み場を置いてみました。

ところが、です。
私の仮眠場所をつくって数分後、いねすは私の仮眠場所のど真ん中に移動。
b0051172_224293.jpg

その後、ずっとそこで眠っています。私の仮眠場所は・・・赤ん坊のおしめ換えマットぢゃ、私には小さすぎます。
困りました・・・・

いねす、どうにかではありますが、私に向かって「わたしは、生きる」とアピールしてくれているようにも思えます。
私が傲慢に陥らないよう、祈らねば。


b0051172_16571415.gif
le 12 juillet 2014, Jason
[PR]
by macocotte | 2014-07-12 22:42 | いねすネネネネねねねのね | Comments(4)