人気ブログランキング | 話題のタグを見る
 
らざあるちび太の、元服
先日、12月8日の早朝。
らぁちゃんの首輪を替えました。
コレ です。

らざあるちび太の、元服_b0051172_16035898.jpg
新品ではありますが、実は20年近く前、数寄屋橋阪急の「わちふぃーるど」さんでココんちの元祖長男猫ぷろすぺえる銀治熊蔵のために買った巨猫用の首輪です。ぷぅたんは今年4月5日に他界しましたが、体格が成猫になって以降晩年まで同じ首輪(わちふぃーるどさんの巨猫用)を丁寧に身に着けていたので、この写真の首輪はずっとしまってありました。
今月に入ってだったか、らぁちゃんが毎朝の習慣で私を起こしにくるので、私の目も開かぬうちに自ずと私の手がらぁちゃんを探しつつなでるようになり、その際にらぁちゃんの首輪がくたびれている感触を覚えたのでした。ご存知のとおり、らぁちゃんは黒猫でして、おそらくココんちだけだと思いますが、歴代の黒猫(故いねす筆子と現在次男坊のピヲ小黒粒六)に革の首輪をつけるとなぜかその首輪をヒトがスルメイカを食べるがごとくかぢり続けボロボロにしてしまうのです。特にいねすがひどく、わちさんの高価で丈夫な革首輪をいくつボロボロにしたでしょう。いねすの行いで悔やむことばかりだったので、ピヲの場合は確か一度革首輪をはめていねすと同じ行いをした時点でピヲに革首輪をはめることを私は諦めました。

で、こんにち。
ココんちの末猫らぁちゃん、です。
着袴の儀ではなく、着革首輪の儀ざます。

らざあるちび太の、元服_b0051172_16133361.jpg
きりきりっ、きりぃいいいい♪
2017年7月半ば、ココんちに引き取ったらぁちゃん。当時、推定一歳弱でしたから、こんにち推定5歳でしょうか。今では長男ちぐろくん、次男ぴぃたんより体格よろしく、デカい、重い。おそらく体重も6kg近いと想像しています。そこで思い浮かんだのが、20年しまいっぱなしの巨猫首輪。12月8日の早朝いざっ、らぁちゃんの首に着けたら、なんとまあ、一番手前の穴でもまだ大きく、ヒトが無理に引っ張ればらぁちゃんのアタマからくるんと外すことさえできます。・・・ぷろすぺえる、いったい、どんだけ巨猫だったのだ???

私のおもちゃスマホカメラの性能確認を再び、とらぁちゃんの写真を続けて数枚撮ってみました。おもちゃスマホにしてはまあまあですかねぇ。というか、そもそも撮り手の私がどのカメラでも「撮って出し」、つまりカメラの性能頼りなのですね。その程度ですから、おもちゃスマホカメラで十分満足だったりします。

らざあるちび太の、元服_b0051172_16202799.jpg

その我が手元のおもちゃスマホカメラをらぁちゃんに向けると、カメラさんから「子猫」と認証が必ず届きます。いや、既に5歳過ぎた成猫ですよ、とこのあたりがおもちゃスマホカメラの性能の限界ということなのでしょうかねぇ? ま、どーでもいいけれど。だって、らぁちゃん、かわいいものw
とかなんとかつぶやきつつ、そういえばらぁちゃんの和名が引き取った当時のまま「ちび太」であり、その後ろに(仮)をつけたままでした。片手で持ち上げられないほどの体格のらぁちゃんに「ちび太(仮)」ってどーよ?と、しばし。
数秒だか数分考えたところで、こうして革首輪を装着したのだから、これはもしかして「元服」にあたるのではあるまいか?となぜか我が脳にひらめきました。もし元服にあたるのだったら、改名できるではありませんか。
偶然にもひとつ前のエントリーで書きなぐったとおり、次男のぴーたんは小黒粒六という名があるにも関わらず、この頃「無一郎」なーんて呼ばれちゃっていますからね。元服のらぁちゃんには・・・と思い浮かんだのが、「義勇」「杏寿郎」「天元」の三択w よもや、よもやである。さて、どーする?

らざあるちび太の、元服_b0051172_16275045.jpg

私の脳の中ではほぼ「杏寿郎」。
三択ではなく一択w
・・・ですが、正式に名付ける前になぜからぁちゃんは真っ黒猫だから「炭治郎」もあるでよ、と脳内でささやきが聞こえなくもありません。そーいや、私の父方、母方の祖父それぞれに偶然ですが「治」の一文字があります。母方なんぞ私の曾祖父にも「治」の字がある。うむっ、悩む。しばらく悩むことを楽しみつつ年末を迎えるとするか。むんっっ!

ま、どーでもいいけどね。


らざあるちび太の、元服_b0051172_16571415.gif
le 10 décembre 2021, Romaric








# by macocotte | 2021-12-10 16:32 | よみがえったぜ、ラザアルちび太
ココんちの「無一郎」君。
ココんちの「無一郎」君。_b0051172_15411899.jpg

2021年11月26日。
昨日のことになりますが、ココんちのピヲ小黒粒六がココんちの敷居をまたいで丸十年というご慶事でありました。まぢめにめでたいのぉ。ありがたいのぉ。そんなに嬉しい十周年ですのに、私は自らの記憶で喜んだのではなく、昨日の朝一番で私のおフェイスブックの「思い出」が、まだ敷居をまたぐ前にココんちの窓ガラスを懸命にひっかく小さな黒猫の写真を見せてくれたので私は喜べたのでした。・・・年々脳みそのツルツルスカスカ度が進行している私にとって世間で決して評判よろしくないおフェイスブックの引き出しはありがたい存在であります。この ↓ 写真。

ココんちの「無一郎」君。_b0051172_15470139.jpg
窓の向こうどころかカーテンと二重ガラスの向こうに黒いチビ猫がおり、おまけに真っ黒猫だからどこに目があるのかも老眼では見つけるのも難しいと来たもんだ。踏ん張っている姿、かわいいやね。
この真っ黒猫のピヲ小黒粒六ですが、敷居を跨いで以降こんにちまでの十年と一日、一度たりとも自ら家の外に出ようと試みたことがありません。一度も、です。ココんちに泥棒が入り、その泥棒が窓を開けっぱなしで逃走した時もピヲはベッドの裏に隠れたまま数時間過ごし、窓から一歩も出ませんでした。こんな猫もいるのね・・・? しかも、名前で明らかなとおり、十年前にココんちに引き取られた時は第6番目の猫だったので名前に「六」の字があります。この10年で「2,3,4、1」の順にプロヴァンス生まれの猫たちが天に帰り、現在はココんちの3猫のうち2番目の猫となったピヲです。3猫のうちの真ん中のせいなのか、上下の2猫に比べ、どこか存在感が薄い猫に思えたりもしますが、年齢のせいでもあるのか、ピヲはごはんの時以外、日中は朝から晩まで上の最初の写真のとおり、西の窓辺に置いてあるかごの中にぢぃいいいっとしています。私のこんぴーた机の右横になります。いびきをかくわけでもなく、寝言を言うわけでもなく、気配さえ消しているように思えるほどの日常。そして、夜になり、私がこんぴーた部屋からいなくなると、ピヲは私の椅子に移動して就寝したり、夜中に目を覚まして、なぜかおしいれの引き戸を開ける悪さをします。早朝、私が目を覚ました気配を感じ取るとピヲはすぐさま横になったままの私のそばに走り寄り、頭を撫でてと私の手に攻撃してきます。
・・・・と以上、日中の気配のないピヲは霞柱の無一郎君のようでもあり、明け方に地味に頭を撫でるようせがむピヲは禰豆子ちゃんのようでもある。はい、それくらい私は「鬼滅」にハマってもいます。ば(あ)さんのファンが存在してもいいですよね。迷惑はかけません。誓います。
無一郎君もほぼ真っ黒ないでたちですので真っ黒ぴーたんを重ねやすくもあり、いつのまにか末猫より小柄になってしまったあたりも小柄な無一郎君のごとし。てなw とかなんとかピヲを持ち上げつつも、日々、どこか遠慮がちに動くピヲをかわいそうに思う私であります。生まれながらの性格なのか、それとも長らくプロヴァンス生まれの4猫が「柱」(笑)だったせいなのか・・・その4猫が帰天してもピヲが柱に出世しているわけでもなく、末猫に体格でも体力でも負けてしまっているボク、ぴーたんなのでしゅ。

ボクなりに愛されたいでっしゅ。


ココんちの「無一郎」君。_b0051172_16571415.gif

le 27 novembre 2021, Sévrin






# by macocotte | 2021-11-27 16:05 | ピヲは粒六、まっ黒ぴーたん
3猫ひとからげで、ワクチンぷっちゅんぬ。
Covid-19の勢いというか蔓延になんら変化ないまま、2021年9月後半を迎えてしまいました。
ココ、フランスの超ウルトラスーパーど田舎での日常は日本国内のそれと比して自由があるような、ないような、うぅうううん、おそらく日本国よりいろいろ制限があると我が身は感じております。そんなこともあり、2020年3月12日にフランス入国後の私とココんちのヒト、犬、猫の日常は基本おうちの中と犬(邪な横柄王くろヴぃす)とのお散歩(ココんちを中心に半径2km未満の往復)だけなので、ドラマティックな話題はぷろすぺえる銀治熊蔵の帰天だけ、と言っても過言でもおおげさでもありません。

で、たいした話ぢゃありやせんが、昨日の午後遅くココんちの3猫を隣村の動物病院まで年一回のワクチン接種&健康診断に連れて行きました。

3猫ひとからげで、ワクチンぷっちゅんぬ。_b0051172_16104692.jpg

Covid-19大流行以前は3回に分けて、ワクチン接種に挑んでいました。毎年3月がプロヴァンス生まれの4猫とちぐろくん、6月がくろヴぃすとピヲ、そして9月が末猫のらぁちゃんです。ところが、Covid-19蔓延以降、動物病院外来も飼い主ひとりのみが院内に入れるという厳しい決まりができてしまったので、昨日のあてくしはなんと2019年以来ひさしぶりの診察室で猫のワクチン接種に同伴できたことになります。これが可能なのも、私自身が二度のワクチン接種を終えているからであり、もし私がワクチン未接種だと現在のフランスでは動物病院だけでなくレストランや公共施設、中長距離列車にも乗車できません。日本はココまで厳しくないでしょ・・・?

で、動物病院待合室でのココんちの3猫くん。
ちぐろくんはちょっと緊張、ピヲはもうガッチガチの緊張具合でかつてのほぼ黒猫いねすと同じくらいだけれどおもらししないだけちょっとライトですかね。そして、らぁちゃんはキャリーケースの扉のすき間から腕を伸ばしたりとどうにもおおらかすぎて巨猫化するのもストレス無しだからなのかも。

3猫ひとからげで、ワクチンぷっちゅんぬ。_b0051172_16185352.jpg

3猫ひとからげで、ワクチンぷっちゅんぬ。_b0051172_16191213.jpg

3猫ひとからげで、ワクチンぷっちゅんぬ。_b0051172_16193541.jpg


ワクチン接種と健康診断はちぐろ、ピヲ、らあちゃんの順でお願いしました。

3猫ひとからげで、ワクチンぷっちゅんぬ。_b0051172_16203129.jpg

ちぐろくんは老猫ですので、消化器方面と脱毛がちょと心配の域。今回はもし吐いて食欲が失せた時に飲ませるペースト状のお薬を出していただきました。そして、体重が前年に比べて600g減の4㎏ちょうど。これもしかたないのかなあ。こういう時になると私はいつも「ああ、日本に戻れたら」と思ってしまいます。




次にピヲ。
診察台の上でもガッチンガッチンに固まったままで、この写真なんぞ猫というより四角い塊に見えます。

3猫ひとからげで、ワクチンぷっちゅんぬ。_b0051172_16240372.jpg
ピヲは2011年末、子猫体形で迎えているのでまもなく10歳を迎えることになります。ヒトだと中年のおぢさんでしょうか。
ピヲの生活の様子はかつてのいねすとそっくりなことばかりで、こうしてワクチンを打った翌日にぐったりするのも共通点。んなわけで、今回もピヲだけワクチン接種直後にもう一本、ぐったりにならないためのお注射を打ちました。これを打つだけで翌日の食欲が失せません。ありがたいやね。体重は前年日マイナス150gでした。4.35㎏。こんなにがちがちのピヲもお注射後の帰宅で解放されればいつもの甘えん坊くん。ココんちに引き取った後、一度も自ら家を飛び出そうなんてことをしないピヲくん、これまたいねすと同じく「家猫の鑑」なのでした。


トリは末猫らざある、らぁ坊です。
推定5歳くらいですかねぇ。
お口の中を確認したらどこかの歯がちょびっと欠けているとのこと。
いつ欠けたのか。ココんちに引き取る前だったのかもしれません。何しろ野生猫だったので生き延びるために何でも食べていたでしょう。

3猫ひとからげで、ワクチンぷっちゅんぬ。_b0051172_16311793.jpg

年齢からして、現在のらぁちゃんは毎日が輝いちゃってる男子でしょうから、先生からは歯欠けであっても毛並みはパアフェクトとほめていただきました。が、体重。なんと前年比1.1kg増。これには驚きました。5.8㎏です。巨猫団入団まであと0.2gぢゃあありませんか。しばらく前から薄暗い室内でピヲとらぁちゃんを比べるとらぁちゃんのシルエットの方が大きく、長いことに気づいてもいましたが・・・・ややややや。去年の担当の獣医さんが記録を間違えたのではないかしらねぇ、と想像したりもするのですが、ま、過去を突き詰めても何ら解決無しなので、今後、らぁちゃんには気を付けましょう(とかなんとか言いつつ、今朝もらぁちゃんは自分のごはんを早食いし、ピヲのごはんを横取りしていました。)

兎にも角にも、あらためて黒猫の写真撮影は難しいと実感しています。
3猫がこれからも穏やかに日々過ごせますように。




le 16 septembre 2021, Edith














# by macocotte | 2021-09-16 16:38 | La solidalite 連帯ココんち
くろヴぃすと一緒に生き始めて丸十年
くろヴぃすと一緒に生き始めて丸十年_b0051172_14272373.jpg

おととい6月5日、ココんちの邪な横柄王くろヴぃすを動物愛護協会から引き取って丸十年の記念日を迎えました。
殿、祝着至極でござりまする。

この写真は6月5日の夕方、いつものお散歩の途中、農道で撮りました。
が、くろヴぃす。
何が理由かきっかけかわかりませんが、今ではカメラやスマホを向けると顔を横にし、目を背けるようになりました。なぜなのだろう?

くろヴぃすとのこの10年はあっと言う間のように感じていますが、そうかと言ってこの10年にあったことを思い出せるだけ思い出してみると、そんな大したことでもないけれど、「あら、いろいろあったわね」と気付けもしました。そういう振り返りができるのもくろヴぃすが一緒にいてくれるおかげです。ただ、今年からちょっとだけ特別になったことは、くろヴぃすのお誕生日に長男猫ぷろすぺえるが最期のひと猫旅に出たので、この6月5日のくろヴぃすのご慶事も祝いながらも同時にぷろすぺえるがいなくなって丸2か月の節目の日になったことです。ぷぅとくろヴぃすは年齢差ゆえなのかあまり接点がなかったと思いますが、ごはんの順番などでくろヴぃすにはぷろすぺえるがココんち犬猫ヲールドの皇帝なのだとわかっていたのかもしれません。そんな距離感があってもくろヴぃすとぷろすぺえるはココんちで出会ってから9年8か月もひとつ屋根の下で寝起きしていたのですものね。

くろヴぃすと一緒に生き始めて丸十年_b0051172_14380834.jpg

今年の5月は悪天候が続き、さわやかな5月のイメージからかけ離れてもいましたが、6月5日午後のお散歩は久しぶりに強風も止み、白雲が低く青空の下を流れていました。あの白雲の向こうにぷぅたんがいるのかもしれないし、いえいえ、くろヴぃすのそばにぷぅがぴっとり寄り添っているのかもしれません。おそらく犬も猫もその感触がはっきりとあるのかもね。ヒトである私はそう思うと寂しくもあります。

くろヴぃすは10歳を過ぎてどこか衰えが見えるようにもなりました。
短足で身体を支えているのもどういうハンデになるのかまだ予想もつかないままですが、私にとってはよぼよぼのくろヴぃすでもどこかかわいい子犬に見えたりします。くろヴぃすとの日々、大切に過ごして行きます。生きます。


くろヴぃすと一緒に生き始めて丸十年_b0051172_4123553.gif

 le 7 juin 2021, Gilbert

# by macocotte | 2021-06-07 14:43 | クロヴィスさまのお通りだいっ!
猫には、猫の世界がある。
猫には、猫の世界がある。_b0051172_15455175.jpg
今年2021年3月13日に撮影した ぷろすぺえる です。
この写真を見てすぐ、ぷろすぺえるが急に老けたと言うか、逆に幼い頃の、子猫のような顔つきに戻ったように思いました。この写真から一か月半ほど、4月5日午後8時手前にぷぅたんは猫生最期のひと猫旅に出ました。しばらく前から動物病院でしか購入できないロイヤルカニンの腎臓病向けのカリカリにウェットを乗せてだましだましぷぅに出していましたが、もうこの写真撮影の頃にはその私の騙しをぷぅは見抜いていたようでまったく口にせず(とは言っても、3月2日に私が一日外出するのでこのスペシアルカリカリのみを出したら、その時のぷぅは完食しました)、ぷぅ自身のごはんには口をつけないのに、その場を離れてから他の猫たちの食べ残しカリカリをたいらげるようになりました。そして、3月後半には猫のごはんには口をつけないのに、私が食べるお肉やソーセージ、そして生クリームやカスタードクリーム、ヨーグルトばかりを食べるようになりました。本当は叱られることなのでしょうけれど、ぷぅが19歳を過ぎていることと、最後に動物病院で診察を受けた時に先生から年に一度のワクチン接種もせず、ぷろすぺえるの好きなようにさせるよう提案されたことも思い出し、この写真を撮ったあたりからぷぅにスペシャルカリカリを出すのを止め、ぷぅが食べたいと願ってくるものを与えるようにしました。最期の旅立ちまでの数日はもうほとんど何も口にしませんでしたが、そのぷぅの気持も私の勝手で尊重することにしました。
で、4月5日夜にぷぅの魂はどこかに旅立ち、翌朝、ココんちに残されたぷぅの身体も荼毘にふすため動物病院に移動しました。
その直後からなぜかココんちに残っている3猫が家の中をかけまわり、時には棚やらテーブルの上に飛び乗ったり、そこから飛び降りたりとどったんばったんと大きな音を立てて遊ぶようになりました。喧嘩なのかも私にはわかりませんが。この様子が一週間以上、アグレッシブに続いたでしょうか。その後、この大騒ぎが収まったあたりで、ぷぅの遺灰がココんちに戻ってきました。この時系列で、私は勝手に「猫の、猫による、猫のための葬送」ってこういうものなのかしら?と想像するようになりました。私には3猫の上下左右にアグレッシブな様子がうるさく思えても、もしかすると残された3匹にとっては長らく共に生活したぷろすぺえるを送る儀式を実行していたのかもしれません。私たちヒトには初七日、四十九日があるように。

そして、昨日の夕方はココんちの犬くろヴぃすをぷぅが息を引き取る直前まで愛用していた、東の窓辺のマットレスに招いてみました。
ココんちではくろヴぃすがヒトが使うソファ、ベッドの上に乗ることを禁じていますが、くろヴぃすは毎晩の就寝のための自分のマットレス以外使いませんでした。このくろヴぃすの就寝用マットレスには時折、ちぐろくんがどーんとくつろぎますが、その様子をくろヴぃすが視止めると、くぅうううんと切ない声を出すくらいで力づくでちぐろを追い出すこともしません。その延長だったのか、ぷろすぺえる愛用のマットレスにもくろヴぃすは決して乗ることはありませんでした。昨夕はそのぷろすぺえるのマットレスに初めて乗り、くろヴぃすはまず臭いを確かめ、次にウトウトし始めました。この様子もまた、くろヴぃすも犬としてひとつ屋根に住むヒトや猫とのかかわりを大切にしているのでは?と私は捉えました。くろヴぃすを引き取る時に動物愛護協会の方から犬には絶対的ヒエラルキアがあるので、家庭内の順位を教え込むようにと指導もされました。だから、ごはんもくろヴぃすに出すのはこの家の中で最後・・・と言いたいところですが、くろヴぃすの後にココんちの仏人♂が朝食を取るのです。が、おっしゃるとおりで、どうもくろヴぃすはココんちの仏人♂について「友」と捉えており、私については「ごはんを出してくれる動物」と見ているのです。だから、くろヴぃすはココんちの仏人♂には噛みつきますが、私には一度も咬みついたことがありません。

ぷぅがココんちからいなくなって一か月も過ぎ、私はあらためて猫には猫の世界、猫のしきたりがあるのだと実感しており、ヒトである私がその世界を完全に見抜くこともできないし、共に儀式に参加することもできないと身の程も知りました。加えて、犬もいるので、犬という動物がどのように屋根の下で共存する生き物と関わりながら、自ら心地よく過ごすことを心掛けているのかも気づかされることばかりです。

いずれにせよ、ぷぅの魂はどこかに旅立ち、肉体は灰となりました。
私はこの世に残されている霊魂&肉体なのですね。
この世に残された者がどう生き続けていくのか・・・そんなお題をぷろすぺえるからもらいました。


猫には、猫の世界がある。_b0051172_175095.gif

le 10 mai 2021, Solange


# by macocotte | 2021-05-10 16:21 | La solidalite 連帯ココんち